最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)412号 判決 1968年12月17日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人駒形浜治の上告理由二の(一)および昭和四一年三月一〇日付上告理由補充について。
所論は、要するに、上告人は、訴外大丸商品株式会社(以下「大丸商品」という。)のために本件定期預金債権に質権を設定し、右預金債権に対する権利を失つたものであるから、これに併せて上告人から大丸商品に対し、上告人の代理人として本件定期預金の払戻を受け、その払戻金をもつて大丸商品の上告人に対する債権の弁済に充当する権限を授与することはできないし、また、定期預金証書に預金名義人の届出印を押捺することは右の代理権限を授与したことを意味するものではないから、本件定期預金証書の裏面の弁済受領欄に預金名義人の受領印が押捺されていることをもつて右権限を授与したものと認定した原判決には、採証法則違背、理由不備または理由そごの違法があるというにある。
しかし、定期預金債権に質権を設定した場合において、質権の設定者は、質権者たる債権者の取立権能を害する行為をすることは許されないけれども、債権自体を失うものではないから、右質権の設定とあわせて、右債権者に対して、原判示のように、預金者に代つて預金の払戻を受けたうえ、該払戻金をもつて債権者の預金者に対する債権の弁済に充当する権限を授与することは可能であると解すべきである。そして、右の点に関する原審の事実認定は、原判決の挙示する証拠関係に照らして是認するに足りるところであつて(なお、右のように、預金者がその債権者に対し、定期預金証書を交付して、預金払戻の権限および弁済充当の権限を与える行為は、預金者の債務不履行があつた際に、譲渡担保が設定されていたのと同一の効果を生じさせようとするものであるから、特段の事情のないかぎり、同時に、その債務を決済するため、債権者は、第三者に対し債務者である預金者に代つて、第三者において預金の払戻を受け、該払戻金を第三者自身が取得することを許諾する代理権をも預金者から授与されているものと解するのが相当であり、原判決もまた、その措辞必ずしも十分ではないけれども、大丸商品が上告人から右の代理権をも授与されていた事実を認定したものと解すべきことは、その判示全体の趣旨に徴して窺うに足りる。)、原判決に所論の違法はない。したがつて、論旨は採用することができない。
同上告理由二の(二)および昭和四一年三月七日付上告理由補充について。
所論は、要するに、大丸商品は本件定期預金債権について質権を取得したもので、同会社のした行為は質権に基づくものであるから、上告人を代理してしたものとして表見代理の規定を適用する余地はなく、その適用があるものとした原判決には法令の解釈を誤つた違法があるというにある。
しかし、上告人が大丸商品のため本件定期預金債権に質権を設定するとともに、将来大丸商品が上告人に対して清算取引委託契約に伴う債権が存在することが確定したときに行使しうる前示のような代理権を含む預金払戻権限と弁済充当の権限とを授与したものと解すべきものであることは、すでに説示したとおりである。そして、本件定期預金証書の裏面の弁済受領欄に預金名義人の受領印が押捺されていたという原判決確定の事情のもとにおいては、被上告人は、大丸商品が上告人に代理して被上告人に対し大丸商品の被上告人に対する債務の弁済がない場合には、被上告人において上告人に代つて本件定期預金の払戻を受け、その払戻金をもつて右債務の弁済に充当しうる権限を授与する権限をその当時すでに有するものと信じたことについて正当な理由があつたものと認められる旨の原審の判断は正当として是認できる。したがつて大丸商品が本件定期預金債権について質権のみを取得したことを前提にして原判決の判断を非難する所論は理由がなく、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)